ホーム> Salon de AI メディア> AI研修の現場から> AI導入前の業務棚卸しは、1時間で終わります。選ぶのは3つだけ【棚卸しシート付き】
「AIを入れたいのですが、まず何から手をつければいいですか」——研修のご相談でいちばん最初にいただく質問です。答えは業務の棚卸しなのですが、ここで多くの会社が止まります。そして止まる理由は、決まっています。全部を書き出そうとするからです。
わたしたちはこれまで50回以上、中小企業の現場で生成AI研修を実施してきました。研修の中では棚卸しを1時間で終わらせています。全業務を洗い出すのではなく、候補を3つに絞るための1時間だからです。
この記事では、その1時間で何をどう書き出すのかを、実際に使っているシートごと公開します。誰を呼ぶか、時間が測れていない業務をどう扱うか、やってはいけないことは何か——一般的な「◯ステップ」の説明では飛ばされがちな部分を中心に書きます。
棚卸しが止まるのは、全部を書き出そうとするから
業務棚卸しの解説を読むと、たいてい「全業務をリスト化する」と書いてあります。理屈は正しいのですが、実際にやろうとすると必ず止まります。
止まり方には順番があります。まず、業務をどの粒度で書くかで迷う。「請求書処理」でいいのか、「請求書の作成」「送付」「入金確認」に分けるべきなのか。次に、書き出しても書き出しても終わりが見えない。そして「これは各部署から人を集めて、ちゃんとやらないとダメだな」と結論が出て、日程調整のまま止まります。
ここが分かれ目です。棚卸しの目的は、会社の全業務を記録することではありません。AIを最初に当てる業務を1つ決めることです。そのために必要なのは網羅性ではなく、候補が3つ挙がることだけです。
3つ挙げるだけなら、各部署から人を集める必要も、粒度を統一する必要もありません。だから1時間で終わります。
誰を呼ぶか——経営者と「使ってみたい人」
棚卸しの成否は、参加者で半分決まります。わたしたちが研修でご一緒するときの構成は次のとおりです。
- 経営者——必ず入っていただきます
- 現場から数名——経営企画、総務、人事、営業など。部署は問いません
現場側を選ぶ基準は、役職でも部署でもありません。「AIを使ってみたい」と思っている人です。ここが重要です。
各部署から一人ずつ均等に集めると、平等に見えて実は失敗しやすくなります。「うちは現場仕事なので、そもそもパソコンをほとんど使いません」という方や、「AIには特に興味がありません」という方が入ってくるからです。
その方たちに悪気はありません。ただ、この1時間に必要なのは「自分の仕事のここを楽にしたい」という当事者意識です。それがない人が座っていると、場の空気は「やらされ仕事」に傾き、出てくる業務も当たり障りのないものになります。最初の1時間は、前向きな人だけで走らせてください。
成果が数字で出れば、関心のなかった部署は後から自分で入ってきます。逆に、興味のない人を無理に巻き込んで始めると、社員がAIを使わない状態を最初から作り込むことになります。
経営者に必ず入っていただくのは、この場で「どの業務にお金と時間を使うか」を決めるからです。決裁者がいない棚卸しは、結局もう一度やり直しになります。
選ぶのは3つ。多くても5つでいい
1時間の使い方は、おおまかにこうなります。前半は書き出し、後半は絞り込みです。書き出しの段階でも、上限を決めておくと手が止まりません。
絞り込みの基準は3つあります。
基準1:月の合計時間が長いこと
1回15分でも、月に40回あれば10時間です。逆に1回3時間かかっても、年に2回しかない業務は後回しで構いません。見るのは1回あたりの時間ではなく、月の合計です。
基準2:判断が軽いこと
手順が決まっていて、迷う場面が少ない業務ほど、最初の1つに向いています。文章の下書き、要約、転記、情報の仕分けなどです。逆に、その場の判断や交渉が中心の業務は、最初には選びません。
基準3:自分たちだけで完結すること
これは見落とされがちですが、実務では効きます。取引先の承認や他部署の決裁を待つ業務は、AIで下書きが速くなっても、全体の時間は縮みません。待ち時間がボトルネックだからです。最初の1つは、自部署の中で完結する業務から選んでください。
この3つで絞ると、たいてい候補は自然に3〜5個に収まります。
そのまま使える:業務棚卸しシート
研修で使っているシートです。項目はこれだけです。増やさないでください。
| 業務名 | 1回の時間 | 月の回数 | 月の合計 | 判断の重さ | 自社で完結 | 候補 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 会議の議事録作成 | 3時間 | 4回 | 12時間 | 軽い | ○ | ◎ |
| 月末の経理処理 | 8時間 | 1回 | 8時間 | 軽い | ○ | ◎ |
| 問い合わせメール返信 | 15分 | 40回 | 10時間 | やや重い | ○ | ○ |
| 提案書の作成 | 4時間 | 2回 | 8時間 | 重い | ○ | △ |
| 見積の社外承認待ち | 2時間 | 6回 | 12時間 | 軽い | × | × |
記入例のいちばん下の行に注目してください。月の合計は12時間といちばん長いのに、候補は×です。社外の承認待ちが含まれているため、下書きが速くなっても全体の時間は縮まないからです。合計時間だけで選ぶと、ここを間違えます。
埋めるときのコツは1つ、「AIでできそうか」をこの段階で考えないことです。できるかどうかを考え始めると、詳しい人が発言を独占して、場が止まります。この1時間は、時間を測ることだけに使ってください。何をどこまで任せるかは、候補が決まってから考えれば十分です。
候補が決まったあとの「どこまで任せるか」の決め方は、ツールの選び方の記事で割り当てシートとして公開しています。棚卸し(この記事)→ 割り当て、の順で進めてください。
時間が測れていない業務は、どうするか
棚卸しをすると、必ず「これ、どれくらいかかってるか分からないな」という業務が出てきます。ここで想像で数字を入れないでください。想像の数字で選ぶと、あとで効果が測れません。
やることは1つです。1週間だけ測ってください。
ストップウォッチは要りません。その業務を始めた時刻と終わった時刻を、メモ帳でもカレンダーでも構わないので書き残すだけです。1週間分あれば、月の回数を掛けて概算が出ます。
そして、測っていない業務は今回の候補から外してください。次の棚卸しのときに入れれば間に合います。最初の1つに、効果が測れない業務を選ぶ理由はありません。
棚卸しでやってはいけない3つのこと
1. 関係しそうな部署を、一度に集める
人数が増えるほど、粒度の議論と部署間の調整が始まり、1時間では終わらなくなります。終わらないと次の日程調整になり、そのまま自然消滅します。最初は5〜6名までに抑えてください。
2. 完璧なリストを作ろうとする
抜けがあっても構いません。抜けている業務は、次の棚卸しで拾えます。むしろ1つ目の成果が出たあとのほうが、現場から「これもできませんか」と自然に出てきます。最初から全部を集めようとすると、その機会ごと失います。
3. 棚卸しの場で、ツールの話を始める
「それはChatGPTでできる」「いや専用ツールがある」——この話が始まると、1時間はツール談義で終わります。棚卸しは業務の話、ツールは次の話と分けてください。順番を守るだけで、同じ1時間の密度が変わります。
現場に実際に届く質問から
わたしたちは研修を受講中の企業さま限定で、研修と研修の間もチャットで質問を受け付けています。棚卸しについて多い2つをご紹介します。
「どこまで細かく書けばいいですか」
目安は「1回の作業として時間が測れる単位」です。「経理」では大きすぎて測れません。「月末の請求書発行」なら測れます。迷ったら、測れるかどうかで判断してください。細かくしすぎると数が増えて絞り込みが大変になるので、測れる範囲でいちばん大きい単位が扱いやすいです。
「属人化していて、本人しか業務を知りません」
それは棚卸しをやる理由そのものです。ただし、本人を「問い詰める場」にしないでください。棚卸しの目的が「業務を取り上げること」だと伝わると、正確な情報は出てきません。その人の残業を減らすための時間であると、最初に経営者から言葉にしていただくのが有効です。
よくあるご質問
全社でやらなくていいんですか?
最初は不要です。1部署で1つ成果が出ると、その数字が社内でいちばん強い説得材料になります。逆に全社一斉に始めると、どこも中途半端に終わり、数字が出ないまま関心だけが薄れます。
棚卸しは何回やればいいですか?
1回目の成果が出たタイミングで2回目を、というのが自然な間隔です。目安としては、選んだ業務が実際に短くなったことを確認してから次に進みます。年に1回の定例行事にすると形骸化しやすいので、成果を起点に回してください。
現場が「仕事を奪われる」と警戒しています。
先に伝える順番を変えてください。棚卸しの冒頭で「減らしたいのは残業であって、人ではない」と経営者から明言していただくと、出てくる業務の質が変わります。実際、AIに任せられるのは下書きや転記の部分で、確認と判断は人に残ります。この線引きを最初に共有しておくと、警戒はかなり和らぎます。
コンサルタントに頼まないとできませんか?
この記事のシートがあれば、自社だけでも進められます。外部を入れる価値があるとすれば、棚卸しそのものより「その先で止まったとき」です。候補は出たが1つ目が動かない、動いたが2つ目に広がらない——そこが実際につまずく場所です。
まとめ:1時間で、3つ選ぶ
業務棚卸しで大事なことは、3つに集約されます。
- 全部書き出さない——目的は網羅ではなく、候補を3つ挙げること
- 呼ぶのは経営者と「使ってみたい人」——部署の代表を平等に集めない
- この1時間は、時間を測るだけ——ツールの話は次の工程に回す
棚卸しが終わったら、次は選んだ業務にどのツールをどこまで当てるかです。その決め方は生成AIの使い分けの記事に、入力してよい情報の線引きは社内ルールの記事にまとめています。実際に議事録を短くした手順はこちら、定型作業を仕組みごと残す進め方はClaude Code研修の記事でご説明しています。
わたしたちの研修では、この1時間の進め方を、実際にシートを使いながらお伝えしています。「うちの場合、どの業務が候補になるのか」を知りたい方は、無料相談でご一緒します。お気軽にどうぞ。